2015年07月22日 20_GoogleMAPMEO対策

Google マップの「巨大システム×手作業」が支える見やすさと拡張性

Google マップ連載第2回のテーマは「システム」。使っているだけではあまり意識することはないが、Google マップの特徴は、技術的な高度さにもある。巨大システムが生み出す速度感と、サービス運営者としてのグーグルの姿勢が、Google マップのオリジナリティを支えている。地図サービスの開発を担当している、シニア エンジニアリング マネージャーの後藤正徳さんへのインタビューから、その辺を深堀りしていこう。

実は人間が判断! 地図では「重要度」が大切

前回の最後で、「Google マップの進化を日本版マップがリードしてきた」という話をした。実は、日本の地図が大変である要素は他にもある。地図の上に置かれた「ランドマーク」がとても多いのだ。

海外、特にアメリカの地図は、道路を中心に描かれる。住所の表記が「ストリート」ベースなので、どこをどの道路が通っているのかが大切だからだ。ランドマークももちろん描かれてはいるが、日本ほど数が多いわけではない。しかし日本は住所はもちろん大事だが、同時にランドマークや標識を中心とした「POI(Point of Interest)」が分かることが大切だ。「角のタバコ屋を曲がって、次のコンビニで左」というような表現をするためである。POIが増えるとどうなるのか? 具体例を地図で見ていただこう。

   
図1   図2   図3

図1から図3は、同じ場所を、縮尺を変えて表示したものだ。広域地図だとすべてのPOIが表示されているわけではなく、縮尺が小さくなるに従い、詳細な情報が必要とされるので、POIの表示量は増える。

だが、よく考えてみよう。Google マップはシームレスに拡大縮小できることが特徴だ。となると、縮尺が変わった時、「どのPOIを先に出すか」が重要なのだ。駅や主要幹線道路名が最重要であるのは分かる。だが例えば、ホテルとデパートと病院では、どれを先に出すべきだろうか? 実際にご自身で試して見ていただくと分かるのだが、かなり細かな制御が行われているのに気づく。単純に種別で決めているわけでもなさそうだ。後藤さんは「よくぞ気づいていただけました!」と笑う。

後藤さん(以下、敬称略) 「地図に表示すべきデータは、数があればあるに越したことはないんです。しかし、整理して扱う必要があります。社内では検索と同じような考え方で、『ランキング』をつけて表現しています。なにが大事でなにが重要なのか、いろんな尺度、重要さや使いやすさなどを加味して計算処理します。
実はここが、Google マップのミソなんですよ。このミソは、話し出すと止まらないくらい話がたくさんありまして……。目には見えない部分ですが、グーグルとしてはこのランキングを重視しています。ランキングというかっこいい言葉で言いましたが、最後の最後で、『この駅はどの段階からだそうか』みたいなことを、専門のチームが侃侃諤諤 (かんかんがくがく)やりながら、実際に地図を描いて見やすさを確認して調整を入れています。
社内には、ランキングを記述するための言語、というかシステムも存在しています。それを使い、最後には人間が見て『ほら、やっぱりこっちだよ』なんていいなから作っているんです」

日本におけるGoogle マップのデータは、主にゼンリンから提供されたものである。その他にも、様々なパートナーから供給された情報や、自らが収集した情報なども使っている。そうしたデータの多くは買えるものであるため、「地図のクオリティはゼンリンが担保しており、良いデータさえ買ってくればいい地図はできる」という誤解がある。

しかし、もちろんそういうものではないのだ。いい地図サービスを支えているのは、収集されたデータを「いかにわかりやすいものに整えるか」「いかにデータを整える作業を効率的に回すのか」というところにポイントがある。そのノウハウは「サービスを実施しながら、作ってきたもの」と後藤さんは言う。ハイクオリティな地図サービスを提供する企業がなかなか増えないのは、そうしたノウハウが「やってみないと見えてこない」からなのだろう。

地図の内容は使い勝手とメンテナンス性を考え、日々アップデートされている。初期のGoogle マップでは地図の多くの部分で、現在のようにベクター形式のデータではなく、衛星写真と同じラスター形式のデータが使われていたのはご存知だろうか? 日本の詳細な地図を見やすく表示するには、紙の地図で実績を積んだレイアウトをそのまま生かす、ラスター形式の方が良かったからだ。ラスター形式の地図画像をタイル状に敷き詰めて表示していた。

左側は2005年、地図画像をタイル状に敷き詰めて表示していたラスター形式のGoogle マップ、右側は2006年のマップ
現在はベクター形式のマップ

しかし、ラスター形式はデータの更新が面倒だ。当時グーグル社内では、タイル状の地図データを社内で全部コピーするだけで、一週間以上が必要だったという。データ容量も大きすぎる。そのため、表示とデータ処理の負荷・難易度は高まるものの、2010年のAndroid版を皮切りに2013年にデスクトップ版も現在ような完全なベクター形式の地図へと変わり、対応デバイスも増え続けている。

システムの力が「手の込んだ冗談」を生んだ

2012年4月1日のことだ。Google マップがいきなり大きな変化をした。地図が、まるでファミコン時代のドラゴンクエストのもののような「8ビットっぽい表示」になったのだ。グーグルは毎年、エイプリルフールのネタに全力を出す。この「ファミコン版 Google マップ 8 ビット」も、そうしたネタだ。

2012年4月1日にファミコン版 Google マップ 8 ビットを公開

 

このネタ、とにかく凝りに凝っていた。単に絵がファミコン調になっていたのではない。地図を拡大縮小しても、もちろんずっとファミコン調を維持し続けた。ということはすなわち、Google マップのデータを直接解釈しファミコン調のタイル的な表示に置き換えて地図を描くソフトが使われていた、ということだ。

後藤 「あのネタは社内で話し合っている中で出てきたものです。エンジニアと打ち合わせると、意外と短時間でできそう、という話になりました。結局、3ヵ月くらい業務の間に作業して開発したことになるでしょうか。あそこまで大規模なものを3ヵ月で完成させられたのは、元々巨大なシステムがあって、その上で実現していたからです」

もちろんこうしたシステムは、手の込んだ冗談のために用意されているわけではない。前出のランキングも含めた、地図サービスそのもののメンテナンスのために用意されているものだ。

巨大なシステムの力を発揮した「自動車通行実績情報マップ」誕生秘話

そうした大規模かつ柔軟なシステムの力が最大限に発揮されたのは、2011年3月11日。東日本大震災の日だ。

震災によってライフラインは寸断された。その回復には、物流の力は欠かせない。だがそもそも、どの道が通れて、どの道が通れるのかもわからない状況だった。そうした状況を解決するための情報システムとして生まれたのが、「自動車通行実績情報マップ」だ。

2011年4月27日のアップデートにより自動車通行実績情報マップに渋滞情報が追加された

グーグルは、災害のデータを地図に反映するという活動を、東日本大震災の前、2005年アメリカを襲ったハリケーン・カトリーナの際に行っていた。だから「システムが対応できるなら、できる限り素早くやろう」という判断になった、と後藤氏はいう。

後藤 「その作業は私が担当していました。ホンダのデータが手に入るのでちょっとやってみようか、ということになってから、外に公開できるようになるまでに、だいたい6時間くらいでしたかね。それも私、ホンダが持っているような走行データを触るのは、その時が初めてでした。でも、できたんです。その結果、その日のうちにスタートできたのですが、それはシステムがあったので見え方を考え、アイデアをくっつけた、という感じかと思います」

自動車通行実績情報マップで活用しているのが、現在の自動車が使っている「走行データ」だ。幾つかのメーカーの自動車にはGPS付きの通信モジュールを内蔵されている。そうしたデータは、日々自動車メーカー側に蓄積されており、その量は、2015年現在、全世界で1ヵ月に500億km分を超える、と言われている。

2011年もホンダが日本国内で収集する分だけで、月に2億kmもあった。実際の走行データを地図上にプロットできれば、「地図を見て、震災後に走行実績のある道」を把握することができる。即効性が高く、現場では求められていたものであったため、ホンダ・トヨタなどが音頭を取り、関連業界団体のITSジャパンを窓口として、各社に集まる自動車の走行データが、可能な限り速やかに公開された。

自動車通行実績情報マップは、毎朝9時にアップデートしていたという。その時間に「物流用のトラック運転手が動き始め、最初に道路状況をチェックするから」ということが理由だった。利用の中心は、ふたつ折りのいわゆるガラケー。スマートフォンはまだ都市部での利用が中心だったためだ。だからシステム的にも、パフォーマンスの劣るガラケーでいかに快適に使えるかにこころを配った。

後藤 「最初の開発は6時間で出来たんですが、実は、毎朝アップデートするためのデータを作るのが大変だったんです。しばらくは自動化するソフトが出来上がっていなくて、毎朝私が手でアップデートしてたんですよ。いかに大量の処理を効率よくこなすか、という点では、人間がやっちゃった方が早かったんですよ。やっぱり、人間ってまだまだ侮れませんね(笑)
実は、タイミングもよかったんです。あれだけ膨大なデータを処理できるシステムは、ちょっと前であれば、社内にも存在しませんでした。最初に出したタイミングでは、外からはわからないような形だったのですが、内部ではデータ量の問題でシステムが止まってしまったりもしたんです。深夜2時に緊急ミーティングをして、みんなでがんばりました。処理できるシステムが導入できていたことも、ラッキーでした」

自動車通行実績情報マップの事例は、グーグルにとっても日本にとっても、大きな経験となった。日本でその後、オープンデータの活用に関する議論が広がったのは、自動車通行実績情報マップの存在に依るところが大きかったのでは……と、筆者は思っている。

自動車通行実績情報マップがガラケーで使われたように、Google マップの進化と切っても切り離せないのが「モバイル」の存在だ。モバイル系の地図サービスは、日本で生まれ日本で育った部分も多い。次回はそのあたりを解説していく。

※ASCII.jp×デジタル参照